松浦晋二郎ブログ1(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

2017年2月から4月まで松浦晋二郎は千田有紀の論文に「千田の博士論文」と「千田の博士論文ではない論文」という全く同一タイトルの2つの異なる論文が存在する事実を知らずに後者を前者であると勘違いしてブログ記事を執筆していた。ところが千田は松浦が上記勘違いをして記事を書いている事実を松浦に教えずに黙ってじっと見ていて松浦のブログ記事数がたまったところで同年4月下旬名誉毀損を理由に提訴した。千田は自己の意思で千田の主張する「名誉毀損」の「損害」を自ら拡大させ続けた。

千田有紀教授の博物学者カール・フォン・リンネについての記述は著しく公正さを欠いている。『女性学男性学』18-21頁

 
千田有紀教授(武蔵大学、以下敬称略)は著書『ヒューマニティーズ 女性学/男性学』(岩波書店)の中で「分類学の父」として知られるスウェーデン博物学者、カール・フォン・リンネ(1707年~1778年)について書いています。
それによるとリンネは人間に「哺乳類(ママリア)、直訳すると乳房類」という、人間と獣を結びつける分類名をつけたことによって「女性が母親役割を担うべきだ、それが市民的、国家的義務なのだ」という女性差別の考え方を広めていくことに結びついた、とのことです(注1)。
 
しかし千田は同書の中でリンネについて記述する際、リンネの社会的評価に重大な影響を与える次の重要な2個の事実を省略しています 。
 
【千田が省略した事実1】(傍線部分)
18世紀は乳母制度全盛の時代であり、多くのヨーロッパ人が乳母制度を利用し、その結果、高い乳児死亡率をもたらした。この社会的事情から、当時開業医であったリンネは乳母制度を廃止する運動に加わった。乳母制度廃止運動の結果、乳母制度は廃止され多くの乳児の生命が救われた注2)。
 
千田の『女性学/男性学』では上記【事実1】は省略されています。
乳母制度全盛の時代に乳母制度の利用によって高い乳児死亡率がもたらされたことから、乳母制度を廃止して、母親が直接、乳児に授乳すべきであるという考え方が社会に広まりました。この歴史的流れの中で、リンネは乳母制度廃止運動に参加し、かつ、人間に対して「哺乳類(ママリア)、直訳すると乳房類」という分類名をつけました。
 
 
千田の著書において上記【事実1】が省略された結果、リンネのことを全く知らない同書の読者は、リンネがあたかも女性差別的な思想の持主で、女性差別の思想の持主であるリンネが「ママリア」という人間と動物を結びつける女性差別的な分類名を人間につけた、そのことによって、女性差別の考え方が広まった、という印象を受け、結果的に読者は「リンネは女性差別的な思想の持主で、女性差別をもたらした悪人」という印象を抱きます。
 
もしも千田が上記事実関係を省略せずに同書で記述していれば、リンネの社会的評価のプラス面、良い面、も読者に伝えることができていたはずで、読者のリンネに対する印象は大きく変わるはずです(注3)。
 
【千田が省略した事実 2】
さらに千田は『女性学/男性学』19頁で、リンネを紹介するに際して、ロンダ・シービンガー著『女性を弄ぶ博物学――リンネはなぜ乳房にこだわったのか』66頁の記述を引用しています(傍線部分):
 
リンネは乳房、とりわけ十分発達した女性の乳房をもっとも高等な綱のイコンにした。・・・・・・しかしリンネがママリアという用語を導入したその同じ本の中で、
 
この引用個所でも千田はリンネの社会的評価に重大な影響を与える次の重要な事実を省略しています。
すなわち千田による上記引用部分中、千田が「・・・・・・」によって省略した部分はシービンガーの原文では次の記述になっています(傍線部分):
 
雌の特質に特権を与えたリンネは、雄を万物の尺度とする長年培われた伝統を打ち破ったと言えるかもしれない。アリストテレスの伝統の下では、女性は男性のできそこないや怪獣、自然の過ちであると考えられてきた、リンネは、乳房をもっとも高等な動物綱の象徴としてあがめることにより、雌、とりわけ生殖における女性特有の役割に新たな価値を割り当てたのである。
 
シービンガーの上記記述によると、アリストテレスの伝統の下で、女性は男性のできそこないや怪獣、自然の過ちであると考えられてきたのを、リンネは乳房をもっとも高等な動物綱の象徴としてあがめることにより、雌、とりわけ生殖における女性特有の役割に新たな価値を割り当てた、という、プラスの、良い評価もできるのです。
 
ところが千田の著書19頁では、シービンガーの上記記述は「・・・・・・」の形で省略されてしまっています。このため千田の『女性学/男性学』だけを読んだ読者にはリンネが、雌、とりわけ生殖における女性特有の役割に新たな価値を割り当てた、というリンネの社会的評価のプラス面、良い面は、一切、伝わりません。
以上のように、千田は『女性学/男性学』の中で、リンネの社会的評価に重大な影響を与える重要な上記2個の事実を省略して記述することによって、リンネの社会的評価のプラス面=良い面が読者に全く伝わらない書き方をしました。
 
以上のように千田がリンネの人物像を公正に描く上で重要な事実を省略して書いたことによってリンネはかなり悪い人物として描かれました。
しかし千田は次の記述を行うことによってリンネをさらにいっそう悪い人物として描くことに成功しました。 以下、詳しく説明します。
 
上述のとおり、リンネは、当時の乳母制度によって高い乳児死亡率が発生したことから、乳児の生命を救うために乳母制度廃止運動に参加しました。リンネらの乳母制度廃止運動によって乳母制度が廃止され多くの乳児の生命が救われました。
 

ところが千田は『女性学/男性学』20頁において、フィリップ・アリエスの著書『〈子供〉の誕生―アンシァン・レジーム期の子供と家族生活』の記述を紹介し、リンネをさらにいっそう悪い人物として描くことに成功しました。

 
すなわちアリエスは、『〈子供〉の誕生』の中で、そもそも「子ども」という概念自体、近代以前には存在しなかったこと、及び、子どもは近代以前、大人と変わることのない「小さな大人」として考えられ、特別な配慮が必要な存在ではなかったと考えられていたこと、を書いています。
 
千田はフィリップ・アリエスの著書のこの記述を『女性学/男性学』に引用することによって、まるでリンネ本人も、乳児を、大人と何ら変わることのない「小さな大人」として考えていて、乳児に対して特別な配慮を一切、行わなかった冷酷非情な人物であるかのような書き方をしてリンネをさらにいっそう悪い人物として描くことに成功しました。
 
しかしすでに述べた通り、実際にはリンネは、決して、乳児を大人と何ら変わることのない「小さな大人」として考えて、乳児に対して特別な配慮を一切行わないような、冷酷非情な人物ではありませんでした。リンネは乳母制度廃止運動に参加して多数の乳児の生命を救ったヒューマニズムあふれる人間でした 。上記フィリップ・アリエスの著書の記述からわかることは、近代以前のヨーロッパ社会では、子どもは大人と変わることのない「小さな大人」として考えられ、特別な配慮が必要な存在ではなかったと考えられていたという社会的風潮や全体的雰囲気が存在したという事実にずぎず(注4)フィリップ・アリエスの著書の上記記述を根拠に、リンネ個人が子どもについてアリエスと同じように考えていた、とまでは事実認定できません(注5)(注6)
 
4 千田有紀の「男性人物像の作り変え」テクニック まとめ
千田が『女性学/男性学』の中で用いた「男性人物像の作り変え」テクニックをまとめると次のようになります:
(1)歴史上の特定の男性の社会的評価を高める事実が存在する場合、その事実は著書には書かない。上記【千田が省略した事実 1】を参照。
(2)同じ一つの事実について歴史上の特定の男性の社会的評価を高める方向で評価することも低下させる方向で評価することも、2通りの評価が可能である場合、社会的評価を高める方向での評価は著書に書かずに社会的評価を低下させる方向での評価だけを著書に記述する。上記【千田が省略した事実 その2】を参照。
(3)(1)及び(2)によって当該歴史上の特定の男性の社会的評価を低下させ、当該特定男性の人物像を良い人物像から悪い人物像に作り変える。
(4)さらに止めを刺すべく、フィリップ・アリエスの著書の記述から引用し、さらにいっそう悪い人物像を認定して当該特定の男性の社会的評価に止めを刺す。具体的には当該特定の男性の人物像を、正義感あふれる人間性豊かな人物像から、卑劣で冷酷な人間性のかけらもない性差別主義者へと、人物像を完全に作り変える。
 
 
【注】
(注1)
千田有紀著『ヒューマニティーズ 女性学/男性学』(岩波書店、2009年)、18-21頁。
 
(注2)
ロンダ・シービンガー著『女性を弄ぶ博物学――リンネはなぜ乳房にこだわったのか』には次の記述があります(傍線部分):
直接的には、リンネは、古代からの習慣である乳母制度を廃止しようと盛り上りを見せる運動に加わった。18世紀は乳母制度全盛の時代であり、貴族や富裕な商人のみならず、農場主や牧師、熟練工までかつてないほど多くのヨーロッパ人が、養育のために自分の子供を田舎にやった。1780年代までに、パリやリヨンの90パーセントにおよぶ子供たちが乳母に預けられた。中・上流階級の父母が子育てを乳母制度に託したつけが、高い乳児死亡率としてはね返った。(同書80頁)
 
千田氏の著書には、当時のパリで乳母制度が盛んであった事実については記述があります(20頁)がそれ以外の事実(当時の乳母制度による高い乳児死亡率、及び、リンネが乳母制度廃止運動に参加した事実)については記述がありません。
 
ロンダ・シービンガーについてはamazonに書かれている次の記述などを参考にして下さい。
◎ロンダ・シービンガー著 『女性を弄ぶ博物学――リンネはなぜ乳房にこだわったのか』より
著者について
 ロンダ・シービンガー Londa Schiebinger 長らくペンシルヴェニア州立大学歴史学教授を務めたあと、2004年よりスタンフォード大学科学史教授および同大学「女性とジェンダー」研究所所長。本書でフレック賞[科学社会学会]受賞。また女性歴史家として初めてアレクサンダー・フォン・フンボルト研究賞を受賞。 近世から現代にいたる科学とジェンダーのテーマを先鋭的に追究し、邦訳書は本書のほか、『科学史から消された女性たち』、『ジェンダーは科学を変える!?』『植物と帝国』がある。 
 
(注3)
この点、たしかに千田氏は、『女性学/男性学』20頁において、フランスの歴史家エリザベート・バダンテールの『母性という神話』の記述を紹介し、フランス革命以前のパリでは生まれたばかりの子どもは田舎に里子に出され、乳母によって育てられ、四、五歳くらいになれば返してもらうということが普通であった、との事実を指摘しており、18世紀のフランスに乳母制度が存在していた事実については著書に記述しています。
しかし他方で千田氏は、当時の乳母制度による高い乳児死亡率の発生の事実、及び、リンネが乳児の生命を救うために乳母制度廃止運動に参加した事実、乳母制度を廃止して、母親が直接、乳児に授乳すべきであるという考え方が社会に生じ、その流れの中でリンネは人間に対して「哺乳類(ママリア)、直訳すると乳房類」という分類名をつけた事実、リンネらの乳母制度廃止運動によって乳母制度が廃止され多くの乳児の生命が救われた事実、については記述せずに省略しています。この点が問題です。
 
(注4)
社会学者の落合恵美子は
『歴史社会学の分裂――実証主義構築主義をめぐって』
という論稿の中でフィリップ・アリエスに関して次のように書いている:
そもそもわたしは、フィリップ・アリエスに魅了されて、歴史社会学を志した。歴史人口学が発見した過去の人々の行動パターンから「心性」を読み解くというアクロバティックな仕事には、方法的合理性があると思われた。過去の「心性」を想像することは難しい。しかし過去の人々が今日と明らかに異なる、特徴的な行動パターンをとっていたと分かれば、そこを糸口に「心性」を推察する道が拓ける。
 
落合が、「過去の人々の行動パターン」から「心性」を読み解く、と記述している点に注目すべきである。
 
 (注5)
千田氏は『女性学/男性学』21頁で次のように書いています(傍線部分):
 
このように、動物を分類するときの分類名ひとつとってみても、ある種の考え方が忍び込んでいました。この分類名はまた、「女性が母親役割を担うべきだ、それが市民的、国家的義務なのだ」という考え方を広めていくことに結びつきました。
 
千田氏はこのように書いていますが、「ある種の考え方」がどのような考え方なのかについて具体的内容を明らかにしないまま、逃亡しました。

 

(注6)

千田有紀氏の大学院時代のお師匠の上野千鶴子氏は次のように発言しています:

上野千鶴子「私は経験科学の研究者だから嘘はつかないけど、本当のことを言わないこともある。」 - 松浦晋二郎ブログ

 

千田有紀によれば、男性の言葉の意味をずらして男性の言葉の意味を変えて、男性の言葉に「亀裂」を入れることによって内側から「男の論理」を崩すことが必要とされる、という:

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 ちなみに私は千田氏の上記理論を「言葉の亀裂理論」と呼んでいます。

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千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(1)~(17)

【注意:本記事は個人的見解・感想を述べたに過ぎず、特定個人について特定の断定的・否定的評価を下し対世的に確定する趣旨ではありません。人によって物の見方、感じ方はさまざまです。】