松浦晋二郎ブログ

民事訴訟は私人間の権利義務を私的自治の範囲内で自由に処分する場であり学問上の真理を確定するための場ではないので民事訴訟と学問上の真理確定とは無関係である。従って自己の著書論文に多数の学問的間違いを書いている学者が、自己の著書論文の学問的間違いを指摘した相手のことを恨み、名誉毀損を理由に民事訴訟で当該相手を訴えて恫喝し無理やり相手に「謝罪文」を書かせてみても学問上の真理を自己に有利に書き換えることは不可能/東大文学部卒業。同志社ロー修了/行政書士試験合格/連絡先ivishfk31@gmail.com

井上武史氏:『おりとライオン』の著者楾大樹弁護士からも、前同僚の小塚真啓岡山大准教授からもブロックされてしまいました。

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井上武史氏によると現在のフランスでは国家権力と国民があたかもお友達みたいな感じになっていて、いまどき楾大樹弁護士のように国家権力をライオンに例えて檻に入れるような図を本に書くのは適切ではないといった話になっているようですが、フランスの国歌では、市民が絶対王政と戦う強烈な内容の歌詞になっていて、フランスは国家権力に対する懐疑が徹底された国だから、国家権力に対する国民の監視が行き届いた結果として、あたかも国民と国家権力が同一化しているかのように見えて、国民と国家権力があたかもお友達状態であるかのように見える(少なくとも井上氏にはそのように見えている)、ということなのだろうと思います。しかしその根本にはやはりフランス国民の国家権力に対する徹底した懐疑があります。

一方、日本は国歌一つとってみてもフランスほど国民の国家権力への懐疑が徹底されていませんし、ともすれば日本は天皇を中心とした神の国だから国家権力の濫用による人権侵害なんて起こるはずがないから心配しなくていい、といった話になりがちなので、日本のような国では、やはり楾大樹弁護士のように、国家権力をライオンに例えて檻に入れる図を書いて立憲主義を説明して、憲法とは国家権力の濫用による人権侵害から国民の人権を守るためのものである、と、繰り返し説いていくことは重要であると思います。

井上氏はなにかといえば、フランスを基準にフランスはこうだ、とおっしゃいますが、私は、フランスはそうでも日本はこうだ、日本とフランスでは事情が違う、と言いたいです。