松浦晋二郎ブログ

民事訴訟は私人間の権利義務を私的自治の範囲内で自由に処分する場であり学問上の真理を確定するための場ではないので民事訴訟と学問上の真理確定とは無関係である。従って自己の著書論文に多数の学問的間違いを書いている学者が、自己の著書論文の学問的間違いを指摘した相手のことを恨み、名誉毀損を理由に民事訴訟で当該相手を訴えて恫喝し無理やり相手に「謝罪文」を書かせてみても学問上の真理を自己に有利に書き換えることは不可能/東大文学部卒業。同志社ロー修了/行政書士試験合格/連絡先ivishfk31@gmail.com

島岡まな教授発言:いや、適用される可能性は高いです。そもそも、フランスでは日本よりずっと権力構造を利用したセクハラに敏感ですから、個々の行為だけでなく、全体として権力構造に基づき記者が我慢せざるを得なかったかどうかを見て、脅迫や強制と判断する可能性はあります。

 【注意:本記事は私の個人的意見・見解を述べたに過ぎず特定個人に関して断定的・否定的評価を下すものではありません。人によって物の見方・感じ方はさまざまです。】

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https://twitter.com/manna2010able/status/992967314009079810

上記のように島岡まな教授は、福田元財務事務次官のセクハラ疑惑事件についてフランスのセクハラ罪規定を適用した場合、セクハラ罪成立の可能性はあると発言しました。

しかし、「脅迫」や「強制」があったとは思われない今回の事件で、もし「脅迫」や「強制」があったと認定され有罪にされてしまうのであればフランスのセクハラ罪規定は文言が曖昧不明確であり、恣意的な解釈を許容する点で人権侵害の危険性が高い規定であると言わざるをえません。

島岡教授は「全体として権力構造に基づき記者が我慢せざるを得なかったかどうかを見て」云々、と言っていますが、「全体として・・・見て」の判断は裁判官によって恣意的な判断がなされる可能性が高いです。

島岡教授は日本でもフランスと同様のセクハラ罪規定を新設すべきであると主張していますが、島岡教授が行ったセクハラ罪規定の具体的事件への恣意的な上記あてはめを見る限り、日本でセクハラ罪規定を新設することは重大な人権侵害をもたらす可能性が高いと思われます。