松浦晋二郎ブログ

民事訴訟は私人間の権利義務を私的自治の範囲内で自由に処分する場であり学問上の真理を確定するための場ではないので民事訴訟と学問上の真理確定とは無関係である。従って自己の著書論文に多数の学問的間違いを書いている学者が、自己の著書論文の学問的間違いを指摘した相手のことを恨み、名誉毀損を理由に民事訴訟で当該相手を訴えて恫喝し無理やり相手に「謝罪文」を書かせてみても学問上の真理を自己に有利に書き換えることは不可能/東大文学部卒業。同志社ロー修了/行政書士試験合格/連絡先ivishfk31@gmail.com

千田有紀氏発言「戦後日本では・・・家族の民主化は・・・男女の本質的な平等をめざすものではありませんでした」??

【注意:本記事は千田有紀氏の記述に関して個人的見解・感想を述べたに過ぎず、千田氏に関して特定の断定的・否定的評価を下すものではありません。人によって物の見方・感じ方はさまざまです。】

 

千田有紀氏(武蔵大学教授)は次の記事を書いています:

千田有紀氏(武蔵大学教授):「日本型近代家族」は限界 家族形成をサポートする仕組みの充実を - 特集 - 情報労連リポート

 

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上記記事において千田氏は「戦後日本では・・・家族の民主化は・・・男女の本質的な平等をめざすものではありませんでした」と発言しています。

しかし、戦後、日本国憲法が施行され、男女の本質的平等(憲法14条1項)、家族生活における個人の尊厳と両性の平等(憲法24条)が憲法に明記されましたし、民法でも、家制度が廃止されたり、妻の行為無能力規定が削除されるなど、家族の民主化、男女の本質的平等を目指す多くの民主的改正が行われました()。戦後の日本は家族内の男女の本質的平等を目指していました。これは基本的な法律知識だと思います。

たしかに戦後、改正によって憲法民法に家族の民主化、男女の本質的平等、を目指す条文が規定されたからといって直ちに社会生活の場でも家族の民主化、男女の本質的平等が実現したわけではないでしょうが、少なくとも戦後の日本では日本国憲法の施行、民法改正、によって家族の民主化、男女の本質的平等、を目指していたことは事実です。

千田氏の上記記述は事実に反しています。

 

(注)

下記過去記事で触れたように、明治民法813条が定めていた男女不平等な内容も、戦後の民法改正によって廃止されました:

★★★千田有紀著、岩波『思想』No898・1999年4月号所収「『家』のメタ社会学:家族社会学における『日本近代』の構築」に関する松浦晋二郎の質問【2】 明治民法は今日考えられている以上に、個人主義的な法制度だった??(甲第11号証関連) - 松浦晋二郎ブログ

 

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