松浦晋二郎ブログ

民事訴訟は私人間の権利義務を私的自治の範囲内で自由に処分する場であり学問上の真理を確定するための場ではないので民事訴訟と学問上の真理確定とは無関係である。従って自己の著書論文に多数の学問的間違いを書いている学者が、自己の著書論文の学問的間違いを指摘した相手のことを恨み、名誉毀損を理由に民事訴訟で当該相手を訴えて恫喝し無理やり相手に「謝罪文」を書かせてみても学問上の真理を自己に有利に書き換えることは不可能/東大文学部卒業。同志社ロー修了/行政書士試験合格/連絡先ivishfk31@gmail.com

千田有紀氏・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(8)1951年時点の喜多野清一において「家」と「家族」は「二項対立を形成」していた?144頁

【注意:本記事は千田有紀氏の博士論文に関して個人的見解・感想を述べたに過ぎず、千田氏に関して特定の断定的・否定的評価を下すものではありません。】

 

千田有紀氏は博士論文の中で1951年時点での喜多野清一の「家」概念()について次のように書いています(青字部分):

 

喜多野には、1951年の時点でめずらしくマードックの影響がみられる。このようなマードック核家族論から導き出された「小家族」、「夫婦家族」、「近代的家族」である「集団」としての「家族」にたいして、「家」は「制度」であり、二項対立を形成している。(引用終)(144頁)

 

しかし、「家」が「制度」であればなぜ「家族」と「家」が「二項対立を形成している」という結論になるのでしょうか?

『封建遺制』の原文では、喜多野氏は、「家」と「家族」とを「理論的には別個に概念しておくことは・・・甚だ必要」(181頁)と書いていますが、一方では、「家と家族とは現実に分離し難く結合している」(180頁)、「同族組織の構成単位が家として成立するとは言っても、そこに家族としての生活共同体を不可分に内包している」(同頁)と書いていますので、喜多野氏の記述から千田氏の言うように「家」と「家族」は「二項対立」を形成している、との結論を直ちに導くことは困難です。喜多野においては、「家」と「家族」が現実に分離し難く結合していて、「家」が家族としての生活共同体を不可分に内包しているとされるにもかかわらず、喜多野の「家」と「家族」が「二項対立を形成している」、と結論付けるためには、もっと積極的な根拠が必要と思われます。

千田氏はいかなる根拠で、喜多野における「家」と「家族」を「二項対立を形成している」と結論付けたのでしょうか?

 

千田氏は博士論文の中で次のように書いています:

 

日本の「家」は、理想化された欧米の「近代家族」を理念型として、それとは正反対の性質をもつものとして構築されてきた理念型にすぎない。この「近代家族」が理想化されたもの、つまり神話にすぎないとわかった現在、「家」という概念自体もそのまま使用することはできないのではないか。つまり欧米の「近代家族」を理想化して、それと二項対立的に、正反対の性質をもつものとして構築されてきた「家」概念の構築のされかた自体を、問いなおさなくてはならない時期にきているのではないか。(6頁)

 

千田氏はこのように述べていて、この問題意識による記述が千田博士論文の真骨頂であるようです。従って「二項対立」概念は千田博士論文の最重要のキー概念となっていると思われます。

しかし『封建遺制』における喜多野氏の記述を読む限りでは、喜多野氏は、欧米の「近代家族」を特別に理想化していたようには思われませんし、上述のとおり、喜多野氏においては、「家」と「家族」は「現実に分離し難く結合」しており両者は「不可分」とされているのであって、両者は正反対の性質を持つ概念としては観念されていないように思われます。従って千田氏の言うように喜多野における「家」と「家族」は「二項対立を形成している」とは断定できないように思われます。

その意味で私は千田氏の上記記述には全く説得力を感じません。非常に強引な議論、という印象を強く受けました。疑問は尽きません。

 

)喜多野清一『封建遺制』日本人文科学会編、有斐閣、所収「同族組織と封建遺制」。