松浦晋二郎ブログ

民事訴訟は私人間の権利義務を私的自治の範囲内で自由に処分する場であり学問上の真理を確定するための場ではないので民事訴訟と学問上の真理確定とは無関係である。従って自己の著書論文に多数の学問的間違いを書いている学者が、自己の著書論文の学問的間違いを指摘した相手のことを恨み、名誉毀損を理由に民事訴訟で当該相手を訴えて恫喝し無理やり相手に「謝罪文」を書かせてみても学問上の真理を自己に有利に書き換えることは不可能/東大文学部卒業。同志社ロー修了/行政書士試験合格/連絡先ivishfk31@gmail.com

千田有紀氏・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(5)「戦前・・・有賀ですら、『家』は社会を規制するのではなく、『家』が単に社会の規制のもとにあるだけだと考えていた。」?108頁

【注意:本記事は千田有紀氏の博士論文に関して個人的見解・感想を述べたに過ぎず、千田氏に関して特定の断定的・否定的評価を下すものではありません。】

 

千田有紀氏は博士論文において「戦後は、家族原理そのものが、社会にまで拡大、貫徹すると考えられるように」(注1)なった、と記述し、しかし戦前には家族原理が社会にまで拡大、貫徹すると考えられてはいなかった、との趣旨を述べています。この趣旨を裏付けるため千田氏は戦前(戦中)の有賀喜左衛門の文章(注2)を引用し次のように書いています:

 

 【千田博士論文の引用】

戦前・・・有賀ですら、「家」は社会を規制するのではなく、「家」が単に社会の規制のもとにあるだけだと考えていた。そして「日本における大家族とは果して何であるか、その性格を知ることは同族団体を知ることであり、日本の家を知ることであり、ひいては村落を知ることであり、都市構成をも知ることであり、さらには日本の一般社会組織や国家を理解する基礎ともなるのである」(有賀[1943b→1966:123])というように、大家族、家を知ることがすなわちそのまま日本の一般社会組織や国家を知ることであったにすぎない。村落共同体における家を知ることが、国家を知ることではあった[ママ]、いわゆる家族的な原理が社会にまで拡大していくとは、考えられてはいなかった。注3

 

しかし千田氏の上記記述には次のような問題点があります: 

【問題点1】

まず、千田氏の「戦前・・・有賀ですら、『家』は社会を規制するのではなく、『家』が単に社会の規制のもとにあるだけだと考えていた。」の記述について。

 

この点、戦前(戦中)に有賀喜左衛門は次のように書いています:

 

人間的・文化的な事象の本質は自然的な性結合や血の関係を超えるものである。そこに非血縁が、家という社会関係の内部的契機となり得る根拠もあることを理解することができる。非血縁者が家の内に取り入れられるとき、それは常に何らか文化的意味を持つのである。たとえば養子もそうである。日本において奉公人も古くは養子として取り扱われたことは後に説くが、養子には家督相続者となるものと、そうでないものとがあり、これらのものは非血縁者だけでなく、血縁者をも含んだが、家の生活に摂取されることに差はない。このようにして家はその内部的契機により他の社会関係とは峻別される。その混同はあり得ないとしても、家の形態を規定する外部的条件があり、それは家の外部に存して家を規定する。しかし、その内部的なものと外部的なものは相互規定的であるから、単に内部とし、単に外部として作用するものではない。すなわち外部から家を規定するものとしての同族団体や村落・都市の自治体、政治団体、諸種の経済団体、宗教団体ないしは国家組織などの政治的、経済的・社会的条件をみるにしても、それらが家をその外部から規定するだけでなく、同時にそれらが家に規定されるという相互規定の関係をみなければならない。注4)(引用終)

 

このように有賀喜左衛門は、戦前に

「家の形態を規定する外部的条件があり、それは家の外部に存して家を規定する。しかし、その内部的なものと外部的なものは相互規定的である」と述べた上、外部から家を規定するものとしての同族団体や村落・都市の自治体、政治団体、諸種の経済団体、宗教団体ないしは国家組織などの政治的、経済的・社会的条件が家をその外部から規定するだけでなく、同時にそれらが家に規定されるという相互規定の関係をみなければならない、と述べていました。

要するに有賀は家と社会は相互規定的である、と述べており、社会が家を規定する事実だけでなく、家が社会を規定する事実についても記述していました。

従って千田氏の「戦前・・・有賀ですら、『家』は社会を規制するのではなく、『家』が単に社会の規制のもとにあるだけだと考えていた。」の記述は、有賀喜左衛門の著書の記述内容と異なる内容が書かれており、事実に反する記述になっています。これは問題です。

 

このような千田氏の行為を、学者の世界ではなんと呼ぶのでしょうか?

またこのような行為は、千田氏のキャリアにどのような結果を招来するでしょうか?(注5

 

【問題点2】

また千田氏の上記引用にかかる有賀喜左衛門の記述において、有賀は日本の大家族の性格を知ることは、日本の一般組織や国家を理解する基礎ともなる、と述べています。

これに対して千田氏は有賀が、日本の大家族を知ることは、そのまま日本の一般社会組織や国家を知ることであったにすぎないと述べていた、と書いています。

しかし有賀は、日本の大家族、家を知ることは、日本の一般社会組織や国家を「理解する基礎ともなる」と述べているに過ぎず、千田氏のように「そのまま・・・知ることであったにすぎない」とは述べていません。

千田氏は、有賀が述べていないことをあたかも述べているかのように書き換えているのは問題です。

 

【問題点3】

千田氏は 【千田博士論文の引用】において最終的に「(松浦注:有賀も含めた戦前の家族社会学では)家族的な原理が社会にまで拡大していくとは、考えられてはいなかった」との結論を導いています。

 

しかし少なくとも戦前(戦中)の有賀に関するかぎり、有賀は家と社会は相互規定的であるとの趣旨を書いており、かつ、日本の大家族の性格を知ることは、日本の一般組織や国家を理解する基礎ともなる、と書いていました。

 

それにもかかわらず、千田氏は戦前の家族社会学では「家族的な原理が社会にまで拡大していくとは、考えられてはいなかった」と結論付けています。

 

有賀の言うように、家と社会が相互規定的であり、かつ、日本の大家族の性格を知ることは、日本の一般組織や国家を理解する基礎ともなるのなら、「家族的な原理」が社会にまで拡大していくことも起こり得るのではないのでしょうか?千田氏の記述には大きな疑問があります。

 

【注】

(注1)千田博士論文108頁。

(注2) 有賀喜左衛門、『日本家族制度と小作制度(上)』(有賀喜左衛門著作集Ⅰ、未来社、1943年→1966年)123頁。

(注3)千田博士論文、108-109頁。104頁にも有賀の同一引用あり。

(注4)有賀喜左衛門、『日本家族制度と小作制度(上)』(有賀喜左衛門著作集Ⅰ、未来社、1943年→1966年)、249頁。

(注5)千田有紀著『女性学/男性学』(2009年、岩波書店)169頁において、千田氏は自分の大学院時代について次のように書いています。「大学院時代にお世話になった元指導教員の上野千鶴子先生。・・・『とくべつに指導はしない』と公言されている先生のもとで、本当に自由にやらせてもらいました。

 千田氏は何を「本当に自由に」やらせてもらったのでしょうか?