松浦晋二郎ブログ1(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

2017年2月から4月まで松浦晋二郎は千田有紀の論文に「千田の博士論文」と「千田の博士論文ではない論文」という全く同一タイトルの2つの異なる論文が存在する事実を知らずに後者を前者であると勘違いしてブログ記事を執筆していた。ところが千田は松浦が上記勘違いをして記事を書いている事実を松浦に教えずに黙ってじっと見ていて松浦のブログ記事数がたまったところで同年4月下旬名誉毀損を理由に提訴した。千田は自己の意思で千田の主張する「名誉毀損」の「損害」を自ら拡大させ続けた。

松浦晋二郎から千田有紀教授への質問 ~「相続に関しては長子単独相続は、法制度上は廃止された」「単語のレベルでの民主化」、明治民法と戦後民法の連続性~

千田有紀教授(武蔵大学)に以下のとおり質問します) 

  千田有紀教授は論文「『家』のメタ社会学:家族社会学における『日本近代』の構築」(注)において

民法を検討すれば、単語のレベルでの民主化に、過剰な意味が与えられすぎてきたのではないかという疑問がわいてくる」と記述したうえで、「戦後民法はある面で明治民法連続性を持っている。」(80頁)

と記述しています。

 その上で千田教授は明治民法と戦後民法が連続性を持っていることの具体例を何点か挙げています。その具体例の一つとして「相続に関しては長子単独相続は、法制度上は廃止された」(80頁)けれども、それでも明治民法と戦後民法は連続している、との趣旨を書いています。

 しかし明治民法下で存在した「長子単独相続制度」が戦後民法下で「法制度上」廃止されたのであれば、明治民法と戦後民法はその限度で法的連続性がない、ということになるのではないでしょうか?そうであるとすれば戦後の民主化は千田教授の言うような「単語のレベルでの民主化」ではなく法的レベルの民主化だったということになるのではないでしょうか?

 また千田教授は明治民法と戦後民法との連続性の根拠として川島武宜の著書から「相続は法律より経済的社会的な条件によって決定される」という記述を引用しています。しかし相続が法律よりも経済的社会的な条件によって決定されるのであれば、相続は法律によって決定される問題ではない、ということですから、川島の上記記述を明治民法と戦後民法の法的連続性の根拠として挙げることはできないのではないでしょうか?

  上記の点についてぜひご回答よろしくお願いします。

 

(注)

『思想』No.898、1999年4月号、岩波書店。