松浦晋二郎ブログ

民事訴訟は私人間の権利義務を私的自治の範囲内で自由に処分する場であり学問上の真理を確定するための場ではないので民事訴訟と学問上の真理確定とは無関係である。従って自己の著書論文に多数の学問的間違いを書いている学者が、自己の著書論文の学問的間違いを指摘した相手のことを恨み、名誉毀損を理由に民事訴訟で当該相手を訴えて恫喝し無理やり相手に「謝罪文」を書かせてみても学問上の真理を自己に有利に書き換えることは不可能/東大文学部卒業。同志社ロー修了/行政書士試験合格/連絡先ivishfk31@gmail.com

松浦晋二郎から千田有紀教授への質問 ~「相続に関しては長子単独相続は、法制度上は廃止された」「単語のレベルでの民主化」、明治民法と戦後民法の連続性~

千田有紀教授(武蔵大学)に以下のとおり質問します) 

  千田有紀教授は論文「『家』のメタ社会学:家族社会学における『日本近代』の構築」(注)において

民法を検討すれば、単語のレベルでの民主化に、過剰な意味が与えられすぎてきたのではないかという疑問がわいてくる」と記述したうえで、「戦後民法はある面で明治民法連続性を持っている。」(80頁)

と記述しています。

 その上で千田教授は明治民法と戦後民法が連続性を持っていることの具体例を何点か挙げています。その具体例の一つとして「相続に関しては長子単独相続は、法制度上は廃止された」(80頁)けれども、それでも明治民法と戦後民法は連続している、との趣旨を書いています。

 しかし明治民法下で存在した「長子単独相続制度」が戦後民法下で「法制度上」廃止されたのであれば、明治民法と戦後民法はその限度で法的連続性がない、ということになるのではないでしょうか?そうであるとすれば戦後の民主化は千田教授の言うような「単語のレベルでの民主化」ではなく法的レベルの民主化だったということになるのではないでしょうか?

 また千田教授は明治民法と戦後民法との連続性の根拠として川島武宜の著書から「相続は法律より経済的社会的な条件によって決定される」という記述を引用しています。しかし相続が法律よりも経済的社会的な条件によって決定されるのであれば、相続は法律によって決定される問題ではない、ということですから、川島の上記記述を明治民法と戦後民法の法的連続性の根拠として挙げることはできないのではないでしょうか?

  上記の点についてぜひご回答よろしくお願いします。

 

(注)

『思想』No.898、1999年4月号、岩波書店。