松浦晋二郎ブログ

民事訴訟は私人間の権利義務を私的自治の範囲内で自由に処分する場であり学問上の真理を確定するための場ではないので民事訴訟と学問上の真理確定とは無関係である。従って自己の著書論文に多数の学問的間違いを書いている学者が、自己の著書論文の学問的間違いを指摘した相手のことを恨み、名誉毀損を理由に民事訴訟で当該相手を訴えて恫喝し無理やり相手に「謝罪文」を書かせてみても学問上の真理を自己に有利に書き換えることは不可能/東大文学部卒業。同志社ロー修了/行政書士試験合格/連絡先ivishfk31@gmail.com

★★★千田有紀著、岩波『思想』No898・1999年4月号所収「『家』のメタ社会学:家族社会学における『日本近代』の構築」に関する松浦晋二郎の質問【2】 明治民法は今日考えられている以上に、個人主義的な法制度だった??(甲第11号証関連)

【(このブログの閲覧者のみなさまへ)

本件記事の内容は2017年3月27日に当ブログとは別のブログ「総合研究所」(現在はすでに閉鎖しています)で私が書いた過去記事の修正バージョンです。当該3月27日の過去記事では、私なりに学問的根拠を挙げて記述していましたが、当時私は千田岩波論文と千田博士論文という全く同一タイトルの、2つの異なる論文がある事実を知らず、かつ、千田岩波論文を千田博士論文であると誤解したまま記事を書き、「千田博士論文は◎◎」「千田博士論文は××××」という断定的な評価を結論として書いていた点について私は同年4月に千田教授から名誉毀損であるとの指摘を受けました。そこで今回は千田岩波論文についての3月27日の過去記事から、「◎◎」「××××」という断定的評価を削除し、また、「・・・である」といった断定的表現をできるだけ削除・修正して、私が千田教授の論文(千田岩波論文)に関して、千田教授に対して質問をする、という内容の記事に修正し書き改めたのが本件記事です。以上から、もはや本件記事については法的問題は存在しない、と考えていますが、もし本件記事に関して法的に問題があるとお考えの方がいらっしゃいましたら私にメールを下さるようお願いします。

(連絡先)ivishfk31@gmail.com

 

 

 千田有紀教授(武蔵大学)は論文「『家』のメタ社会学:家族社会学における『日本近代』の構築」の中の(注12)において次のように書いています(注1):

 

民法が明治民法との連続性をもつ点からみると、明治民法は今日考えられている以上に、個人主義的な法制度であった。例えば、「家」に法人格はなく、「家産」という概念も存在せず、親子関係も権利・義務関係であった。また、戸主権も家族の婚姻、養子縁組、転籍に関しての同意権にすぎず、戸主の同意なしに受理された届け出も有効だった。さらに、民法改正事業は敗戦近くまで繰り返され、妻の財産上の地位や、姦通に関する不平等は、かなりの程度、緩和されていた。【引用終】

 

 このように千田教授は「明治民法は今日考えられている以上に個人主義的な法制度であった」との主張を根拠づけるための具体例として「姦通に関する不平等は、かなりの程度、緩和されていた。」と書いています。

 

 しかし旧民法(明治民法)第813条の規定は次のように定めていました:

 

夫婦の一方は左の場合に限り離婚の訴を提起することを得

 一 省略

 二 妻が姦通を為したるとき

 三 夫が姦淫罪に因りて刑に処せられたるとき

 (以下省略)

 

 このように、明治民法では、妻は姦通を行っただけで離婚原因になるのに対して、夫は姦通を行っても姦淫罪で刑に処せられないかぎり離婚原因になりませんでした。

 つまり夫と妻とで、男女不平等な法制度でした。

 この点千田教授は「民法改正事業は敗戦近くまで繰り返され、・・・姦通に関する不平等は、かなりの程度、緩和されていた」と書いています。

 私は、敗戦近くまで明治民法改正事業が何回、どのような形で繰り返されたのか、改正の詳細な経過までは知りませんが、少なくとも明治民法改正事業が敗戦近くまで繰り返された結果、完成した最終形態である明治民法上記条文を読む限り、やはり男女不平等な内容であることは間違いありません。明治民法の定める法規範の内容が男女不平等であるのですから明治民法が「個人主義的な法制度」であるとは言えないように思われます(注2)。

 にもかかわらず千田教授は、なぜ、どのような学問的根拠で、「姦通に関する不平等は、かなりの程度、緩和されていた。」と結論付けたのでしょうか?またなぜ、どのような学問的根拠で、明治民法は今日考えられている以上に、個人主義的な法制度であった、と結論付けたのでしょうか?

 

 また千田教授は「新民法が明治民法との連続性をもつ点からみると」「明治民法は今日考えられている以上に、個人主義的な法制度であった。」と書いていますが、姦通に関して男女不平等な内容を定めていた明治民法と、個人の尊重・男女の本質的平等の基本理念を定めた日本国憲法(13条、14条)の下で上記明治民法の男女不平等の制度を廃止した新民法とが「連続性」を持つ、との記述は、どのような学問的根拠で記述されているのでしょうか?

 千田教授には学問的根拠を明示した回答をお願いします。

 

【注】

(注1)『思想』No.898、1999年4月号、岩波書店、98頁。

 

(注2)次の渥美玲子弁護士の記事にも書かれている明治民法の「妻の無能力制度」などをみても、明治民法と戦後民法が連続していたとは言えませんし、「明治民法は今日考えられている以上に個人主義的な法制度であった」とは言えません:明治民法〜 妻の無能力: 事務所ニュース

 

(参考文献)有泉亨『親族法・相続法』(補正版)、昭和32年、弘文堂。