松浦晋二郎ブログ

民事訴訟は私人間の権利義務を私的自治の範囲内で自由に処分する場であり学問上の真理を確定するための場ではないので民事訴訟と学問上の真理確定とは無関係である。従って自己の著書論文に多数の学問的間違いを書いている学者が、自己の著書論文の学問的間違いを指摘した相手のことを恨み、名誉毀損を理由に民事訴訟で当該相手を訴えて恫喝し無理やり相手に「謝罪文」を書かせてみても学問上の真理を自己に有利に書き換えることは不可能/東大文学部卒業。同志社ロー修了/行政書士試験合格/連絡先ivishfk31@gmail.com

千田有紀氏「養育費算定表はそこから値切りが始まる基点」発言の科学的信用性は??

千田有紀氏は「養育費算定表はそこから値切りが始まる基点」であると発言しています。

これは客観的事実なのでしょうか?

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https://twitter.com/chitaponta/status/1066845187974918144

 

千田氏は上記発言に関して弁護士から次のように批判されています:

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https://twitter.com/mayukotaniguchi/status/1067391006599868416

千田氏は著書の中で、科学は「客観的な事実」を伝えるのではない、「客観的な事実」の存在自体怪しい、と書いています。そもそも「中立」も「客観性」も存在しない、とも書いています。

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また千田氏は同じ著書の中で、相手の言葉の意味をずらして、攪乱して、相手の言葉の意味を変えて、言葉に亀裂を入れることによって「男の論理」を崩すことができると書いています:

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このような千田氏の著書の記述を前提にすると、上記ツイッター発言の「中立性」、「客観性」、科学的信用性、が気になるところです。

千田氏は「養育費算定表はそこから値切りが始まる基点」発言の社会科学的根拠を示すべきです。

 

 

 

〔井上武史氏に批判噴出〕楾大樹弁護士:井上武史氏が、拙著に「国民を檻に入れる」と書いてあるかのようなツイートしたため、このような誤解が広まってしまい、大変迷惑しています。

広島弁護士会所属の楾(はんどう)大樹弁護士が著書『おりとライオン』を書かれました。

国家権力をライオンに例えて、ライオンである国家権力を憲法という檻に入れて国民の人権を保障するという立憲主義の基本を書かれた著書のようです。

国家権力はライオン、憲法は檻 絵本で立憲主義を易しく 人気の解説書を元に出版:朝日新聞デジタル

ところが井上武史氏(憲法学)が、楾弁護士の同著書について「国民を檻に入れる」と書いてあるかのようなツイートをしたため楾弁護士が大変迷惑している、とのことです:

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https://twitter.com/inotake77/status/1064870754561314816

井上武史氏の上記ツイートについて批判が噴出しています:

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私も以前、集団的自衛権に関して井上武史氏とインタネット上で議論したことがありますが、井上氏は憲法によって国家権力を縛る、という立憲主義の発想が希薄な学者さんで、国家権力に対する全幅の信頼を置いた学者さん、という印象を強く受けました。井上氏は集団的自衛権合憲説に立たれていて、しかもその主な理由づけは、憲法集団的自衛権を禁止する明文規定が存在しないから合憲であるという、頭を使わない、中身スッカラカンの、驚くべき理由づけでした。私が集団的自衛権違憲説の立場から憲法の平和主義について問題にすると、井上氏は、平和主義といっても具体的な意味内容は不明確であるとの趣旨を述べ、平和主義をせせら笑っていました。「喉元を過ぎれば熱さを忘れる」とはよく言ったもので、戦後70年以上が経つと、憲法学者ですら憲法によって国家権力を縛るという立憲主義の基本を忘却し、国家権力に対する全幅の信頼を置くようになるようです。人間というものは、愚かな、悲しい生き物です。

 

 こういう↓悲惨な歴史を忘れてはいけません:

NHK・ETV特集「戦争は罪悪である ~ある仏教者の名誉回復~」/竹中彰元(たけなかしょうげん) – @動画

 


〔井上武史氏が千田有紀氏を批判〕千田先生、貧困や執行の簡素化は重要な問題ですが、さすがにこのような言い方はよくないと思います。裁判や合意で決められた養育費を、子どものためと思って、毎月誠実に支払っている、あるいは支払おうとする非監護親もいるわけなので。

 

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https://twitter.com/chitaponta/status/1066845187974918144

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https://twitter.com/inotake77/status/1066863360531062784

ノーベル賞記事 書き方学ぶ 医師でジャーナリストの村中璃子さん 11月26日 14時44分  NHK京都 NEWS WEB⇒著書・論文で事実に反することばかり書いている女性ジェンダー学者は村中璃子先生を見習いなさい。

 

www3.nhk.or.jp

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「データや成果について相手の言い分をうのみにするのではなく、必ず裏づけをとること」

「業績を客観的に評価する姿勢が必要」

文科系でも、ほんとこれ、必要。

著書・論文で事実に反することばかり書いている女性ジェンダー学者は村中璃子先生を見習いなさい。

 

それにしても村中先生、カッコイイ先生だなあ。

 

 

 

 

 

オモシロ動画・画像集

 

 

 

 

 

blog.goo.ne.jp

 

 

 

 

https://www.jacar.go.jp/topicsfromjacar/02_persons/index02_002.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千田有紀氏・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(14)「戦後民法はある面で明治民法と連続性を持っている。」???(46頁)

 

千田有紀氏(武蔵大学教授)は東京大学の博士論文46頁で次のように書いています(青字部分):

 

戦後民法はある面で明治民法と連続性を持っている。『妻は夫の家に入り、入夫は妻の家に入る』といった旧民法788条と、「協議によって夫または妻の氏を名のる」新民法750条を比較しても、ほとんどの夫婦が夫の氏を名乗っている現在、男性世帯主を中心とする家族制度の保持という点では一貫している。また祭祀に関しては、家督相続人の義務(銘7条)から、慣習に従う(897条)ことになった。相続に関しては長子単独相続は、法制度上は廃止された。

 

このように千田氏は、

 

戦後民法はある面で明治民法と連続性を持っている。

 

と主張しています。

しかし「ある面で」とは「どの面」なのかを明確にしないことにはいったいどの面で戦後民法と明治民法とが連続性を持っているのかわからないので上記主張は社会科学的には意味不明な主張です。しかしその点はここではあえて不問に付すことにしましょう。

 

とにかく千田氏は

 

戦後民法はある面で明治民法と連続性を持っている。

 

と主張していて、その主張の具体例として次の3点を挙げています:

 

(例1)

『妻は夫の家に入り、入夫は妻の家に入る』といった旧民法788条と、「協議によって夫または妻の氏を名のる」新民法750条を比較しても、ほとんどの夫婦が夫の氏を名乗っている現在、男性世帯主を中心とする家族制度の保持という点では一貫している。

 

(例2)

祭祀に関しては、家督相続人の義務(987条)から、慣習に従う(897条)ことになった。

 

(例3)

相続に関しては長子単独相続は、法制度上は廃止された。

 

千田氏が挙げた上記3つの例の問題点を一つ一つ見ていくことにします。

 

まず(例1)について。

千田氏は「法規範」と「法規範が社会に妥当している事実状態」との区別をせずに、両者を混同し、後者を根拠に法規範同士の連続性を肯定している点が問題です。明治民法と戦後民法との連続性の有無を検討する場合には、民法788条と新民法750条が定める法規範同士を比較するべきであって、新民法750条以降、ほとんどの夫婦が夫の氏を名乗っているという事実状態を根拠にして明治民法と戦後民法との法規範の連続性を肯定することはできません。

 

(例2)について

千田氏は明治民法987条について「義務」と書いていますが明治民法987条は「系譜、祭具及ヒ墳墓ノ所有権ハ家督相続ノ特権ニ属ス」となっており「義務」の文言は存在しません。条文の文言を勝手に書き換えているのは問題です。

家督相続人の特権、と規定されていた明治民法987条と、慣習に従う、と規定された新民法897条とは、法規範として全く別内容であり、法規範の連続性はありません。

そもそも「家督相続人」は新民法のもとでは存在しません。

従って(例2)を明治民法と戦後民法との連続性の具体例として挙げることはできません。

 

(例3)について

相続に関して長子単独相続が法制度上は廃止されたことは明治民法と戦後民法の法規範の断絶を示す具体例であり、連続性の具体例としてこれを挙げることはできません。

 

 

 〔もっと読みたい関連記事〕

千田有紀氏・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(1)~(14)(千田有紀氏との訴訟は2017年5月に千田氏の訴え取下げにより終了しました。本記事(1)乃至(14)は2018年3月以降に新たに書かれた記事です。2018年11月25日現在まで、本記事(1)乃至(14)に関して千田氏側から学問的応答・反論は一切ありません。以上の事実関係から、千田氏は、千田博士論文に関して当方が指摘した学術上の問題点を全面的に認め、無条件降伏したものと認められます) - 松浦晋二郎ブログ

 

Hungary bans gender studies because it is 'an ideology not a science' ⇒ハンガリー、ジェンダー学研究やめるってよ

www.foxnews.com

古谷有希子氏:強姦に遭った娘に「犬に噛まれたと思って忘れなさい」と親が諭すのは日本のドラマなどでも出てくるシーンです??

古谷有希子氏の記事:

wezz-y.com

古谷氏は上記記事の2ページ目で、

 

強姦に遭った娘に「犬に噛まれたと思って忘れなさい」と親が諭すのは日本のドラマなどでも出てくるシーンです

 

と書いています。

 

しかし私はこれまでに多くの映画、刑事ドラマ、を観てきましたが、親が強姦に遭った娘にそのようなことを言うシーンは観たことがありません。

 

どのドラマの、第何話にそのようなシーンが出てくるのでしょうか?古谷氏は、ぜひご教示下さい。

ご連絡お待ちしています!

連絡先ivishfk31@gmail.com

 

 

 

千田有紀著『日本型近代家族』のナゾ 女性を「個人」として扱うべきとする「フェミニズムの主張の核心」と「個人的なことは、個人的である」と考える「新自由主義」の関係(94-96頁)

千田有紀氏は著書『日本型近代家族』(2011年、勁草書房)において、次のように書いています(青字部分):

 

フェミニズムの主張の核心は、近代につくられた「家族」を経済的・政治的な「単位」として取り扱うことをやめて、女性を「個人」として扱うことにあった。(94頁)

 

その一方で千田氏は「個人的なことは、個人的である」と考える新自由主義が社会に浸透したことによって「企業は労働者に必要以上の福利厚生や保護を与えることを拒むようになった。」と書いて新自由主義を批判しています(95頁)。

 

その上で千田氏は「今は、・・・巧妙な企業は、若い女性の労働力を名ばかりの正社員で、酷使して使い捨てさえしている」(同書96頁)と書いて新自由主義を痛烈に批判しています。

 

しかし、フェミニズムの主張の核心が、近代につくられた「家族」を経済的・政治的な「単位」として取り扱うことをやめて、女性を「個人」として扱うことにあった、というのであれば、「個人的なことは、個人的である」という新自由主義の考え方のもとで企業が女性を「個人」として扱うことは上記「フェミニズムの主張の核心」と合致していて、フェミニズムからはむしろ歓迎されるべきことではないのでしょうか?

 

また千田氏は「今は、・・・巧妙な企業は、若い女性の労働力を名ばかりの正社員で、酷使して使い捨てさえしている」と企業を痛烈に批判して書いていますが、しかしそれは新自由主義の考え方のもとで、企業が女性を「個人」として扱ったことによって生じた付随的、間接的な(collateral)結果に過ぎない、とも言えるのではないのでしょうか?

 

千田氏の主張する上記「フェミニズムの主張の核心」と、千田氏の「新自由主義」に対する批判とは、矛盾しているように私には思えます(ただし私自身は「新自由主義」の信奉者ではありません)。

 

【注意:本記事は個人的見解・感想を述べたに過ぎず、特定個人について特定の断定的・否定的評価を下し対世的に確定する趣旨ではありません。人によって物の見方、感じ方はさまざまです。】 

 

 

 

武蔵大学は、所属教員による、学外の一般国民に対する不法行為を野放しにするのであれば私学助成金その他の国民の税金を一切、国から受け取らずに自費で経営すべきです。

 

大分大女性教授がパワハラ、教員の服装や学歴を侮辱

11/21(水) 7:13配信 TBS NEWS

 

 大分大学医学部の女性教授が部下にあたる女性教員3人に、学歴を侮辱するなど、パワハラ行為を繰り返していたとして、戒告の懲戒処分を出しました。

 「申し訳ございませんでした」(大分大学の会見)

 懲戒処分を受けたのは、大分大学医学部看護学科の50代の女性教授です。大学によりますと、女性教授はおととしから去年にかけて、部下にあたる女性教員3人に対し、学歴や服装、髪型を侮辱するなど、複数回にわたってパワハラ行為をしたということです。

 この女性教授をめぐっては去年10月、学生と教員あわせて16人がパワハラを受けたと大学側に苦情を申し立てていました。女性教授は「反省している」と話しているということです。(21日05:00)

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20181121-00000020-jnn-soci

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〔コメント〕

上記事例のように、大学は学内で発生した名誉毀損パワハラに対しては比較的迅速に対応するようです。

 

しかし大学教員がインターネット上で「◎◎大学教授」等の肩書が有する高度の社会的信用性を利用し、学外の一般国民に対して名指しで名誉毀損パワハラを行っても、大学は基本的に対応しません。この点は問題です。

 

裏を返せば大学の考えている基本的人権は人が生まれながらに有するグローバル・スタンダードとしての本物の基本的人権ではなく、綺麗ごとを並べ立てて基本的人権の擁護者を巧妙に演じて国から私学助成金その他(=国民の税金です)を受け取るためだけの、上っ面の、偽物の基本的人権にすぎない、ということです。大学は金さえ受け取ってしまえば学外の国民の人権など知ったこっちゃないんですね。

 

私自身、2017年1月以降、インターネット上で武蔵大学千田有紀教授から繰り返し名誉毀損を受け、武蔵大学に対して何度も抗議しましたが、武蔵大学は千田教授に対して懲戒処分を行うなどの対応を一切、行いませんでした。全く無責任です。武蔵大学は、所属教員による、学外の一般国民に対する不法行為を野放しにするのであれば私学助成金その他の国民の税金を一切、国から受け取らずに自費で経営すべきです。