松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

2017年2月から4月まで松浦晋二郎は千田有紀の論文に「千田の博士論文」と「千田の博士論文ではない論文」という全く同一タイトルの2つの異なる論文が存在する事実を知らずに後者を前者であると勘違いしてブログ記事を執筆していた。ところが千田は松浦が上記勘違いをして記事を書いている事実を松浦に教えずに黙ってじっと見ていて松浦のブログ記事数がたまったところで同年4月下旬名誉毀損を理由に提訴した。千田は自己の意思で千田の主張する「名誉毀損」の「損害」を自ら拡大させ続けた。

千田有紀教授(武蔵大学)の松浦晋二郎に対する名誉毀損・ハラスメントまとめ、「訴え取下げの合意」違反

千田有紀氏の松浦晋二郎に対する名誉毀損・ハラスメント など

千田有紀訴訟 これまでの事実経過 - 松浦晋二郎ブログ

 

【1】武蔵大学・千田有紀教授の松浦晋二郎に対する名誉毀損(千田教授2017年1月8日付、5月6日付ツイッター発言) - 松浦晋二郎ブログ

 

【2】武蔵大学・千田有紀教授の松浦晋二郎に対する名誉毀損、公開処刑、について(千田教授2017年11月3日付、8日付ツイッター発言) - 松浦晋二郎ブログ

 

【3】(千田有紀教授2017年11月8日付ツイッター発言)千田教授の松浦晋二郎に対する公開処刑、脅迫、名誉毀損、ハラスメント、誹謗中傷、千田教授4月30日ヤフー記事における隠蔽事実 - 松浦晋二郎ブログ

 

【4】千田有紀氏の発想は、事実に反することを書いて相手を困惑させてやる、相手が困惑していることが解ったらもっとやり続けてやる、という発想。 - 松浦晋二郎ブログ

 

 ◎【千田有紀教授が松浦晋二郎に関して書いたウソ】千田教授の11月3日付ツイート以降、千田教授の弁護士から私に「問い合わせ」がきたことは一度もない。 - 松浦晋二郎ブログ

 

◎ 千田有紀氏(武蔵大学教授)が執筆したフェイク・ニュース 2017年4月30日YAHOO!ニュース記事「ツイッターにはなぜ、誹謗中傷があふれるのか」 - 松浦晋二郎ブログ

 

WANは、そして千田有紀氏は、なぜデータベースに「千田博士論文」の誤情報を掲載し続け、閲覧者に対して誤解を与え続けるのか? - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

上野千鶴子:就職口の可能性があるとき、私自身は、できるだけ意図的に女性を推すようにしている。あからさまに男性に逆差別を行使している。 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

千田有紀関連記事】

千田博士論文

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(1)~(17) - 松浦晋二郎ブログ

 

私は千田有紀教授の「博士論文」と「博士論文と同一タイトルの別の論文」という2つの異なる論文が存在している事実を知らなかった。 - 松浦晋二郎ブログ

 

千田岩波論文(岩波『思想』No.898、1999年4月号所収)

注意:「千田博士論文」と「千田岩波論文」は全く同一タイトルであるが両者は別の論文である。

★★★千田有紀著、岩波『思想』No898・1999年4月号所収「『家』のメタ社会学:家族社会学における『日本近代』の構築」に関する松浦晋二郎の質問【1】(甲第1号証、第9号証関連) - 松浦晋二郎ブログ

★★★千田有紀著、岩波『思想』No898・1999年4月号所収「『家』のメタ社会学:家族社会学における『日本近代』の構築」に関する松浦晋二郎の質問【2】 明治民法は今日考えられている以上に、個人主義的な法制度だった??(甲第11号証関連) - 松浦晋二郎ブログ

★★★千田有紀著、岩波『思想』No898・1999年4月号所収「『家』のメタ社会学:家族社会学における『日本近代』の構築」に関する松浦晋二郎の質問【3】「法制史の分野では・・・いわれてきた。・・・確信されてきた。・・・意識されてきた。」 - 松浦晋二郎ブログ

松浦晋二郎から千田有紀教授への質問 ~「相続に関しては長子単独相続は、法制度上は廃止された」「単語のレベルでの民主化」、明治民法と戦後民法の連続性~ - 松浦晋二郎ブログ

千田有紀教授「戦前の社会学の家族論では『家』が武士的・儒教的家族制度として意識されることはなかった」⇒松浦晋二郎「戸田貞三は戦前に意識していた」 - 松浦晋二郎ブログ

 

『日本型近代家族』

★★★千田有紀著『日本型近代家族』に関する松浦晋二郎の質問【1】 ~日本の「家長的家族」は、一から六の条件を満たすものである??~(甲第12号証関連) - 松浦晋二郎ブログ

★★★千田有紀著『日本型近代家族』に関する松浦晋二郎の質問【2】 戸田貞三は「家長的家族の成立条件や内実を詳しく示さなかった」?(甲第16号証関連) - 松浦晋二郎ブログ

 

『女性学/男性学

【松浦晋二郎から千田有紀教授への質問】1960年代の日本で、殺害された女性の半数が、恋人や夫によって殺されても、警察が「民事不介入」であった、というのは歴史的事実でしょうか? - 松浦晋二郎ブログ

 

最新のジェンダー学理論によれば、客観的事実の存在自体が怪しい、と主張し客観性も中立性も否定して、相手の言葉の意味を変えて、相手の言葉に亀裂を入れて、事実に反する言説を社会に拡散してしまえば「男の論理」を崩すことができて女性が解放される、という - 松浦晋二郎ブログ

千田有紀氏は廣松渉氏の発言の出典を明示せよ 千田有紀著『女性学/男性学』「はじめに」ⅵ頁~ⅶ頁

http://hate5na7.hatenablog.com/entry/2018/12/03/082331

千田有紀教授のデタラメ生物学 「大腸菌」、「ヒドラ」、無性生殖、『女性学/男性学』1頁

http://hate5na7.hatenablog.com/entry/2018/12/05/195112

千田有紀氏の博物学者カール・フォン・リンネについての記述は著しく公正さを欠いている。『女性学男性学』18-21頁

http://hate5na7.hatenablog.com/entry/2018/12/08/000000

 

その他 

武蔵大学・千田有紀教授の問題点 2016年12月30日【旧】 - 松浦晋二郎ブログ

千田有紀教授の東京新聞記事の問題点 2016年12月13日東京新聞夕刊 親子断絶防止法案 DV被害、助長の恐れ【旧】 - 松浦晋二郎ブログ

★★★★★千田有紀教授のダブルバーレル質問⇒千田教授は社会学の基本が全く理解できていない。 - 松浦晋二郎ブログ

 

千田有紀氏発言「戦後日本では・・・家族の民主化は・・・男女の本質的な平等をめざすものではありませんでした」?? - 松浦晋二郎ブログ

千田有紀氏発言「戦後日本では、・・・権力が家族に介入しないことが民主的な家族だと考えられたため、家族の中の構造が見えにくくなり、家庭内の暴力が隠されるという副作用が生まれました」?? - 松浦晋二郎ブログ

 

2017年11月10日付、武蔵大学・千田有紀教授の「発達障害」に関するツイッター発言に対して批判が噴出しています。 - 松浦晋二郎ブログ

c71さんが武蔵大学・千田有紀教授の2017年11月11日付ツイッター発言について「千田先生の『発達障害発言』関連についての考えたこと」という記事を書かれました。 - 松浦晋二郎ブログ

2017年12月14日付、千田有紀教授ツイッター発言「平成28年度全国ひとり親世帯等調査、民法改正以降ここ4年で面会交流を実施している母子家庭が劇的に増加。ここ4年で6割以上の実施(18-3-5)。以前の4割に較べると激増といえる。」の検証 - 松浦晋二郎ブログ

2017年12月15日付京都大学文学博士・小島剛氏ツイッター発言「武蔵大学では障害者支援を行っていることをうたっているが、社会学部教授千田有紀のツイートを見ている限りでは、これは機能していないと言わざるを得ない。入学後に障害を負う危険もあることを考えると、武蔵大学への入学には注意が必要と思われる。」 - 松浦晋二郎ブログ

杉山程彦弁護士発言:ブロックされたけど、千田有紀教授はあまりに悪質だから指摘します。 - 松浦晋二郎ブログ

 ◎小倉秀夫弁護士発言「ファクトベースで議論をする人たちとフェミニズムとの相性は良くない。」 - 松浦晋二郎ブログ

父あきら氏:千田有紀は、ま~だ松戸のお父さんをDV加害者だのと拡散してるのか。 - 松浦晋二郎ブログ

ジェンダー学においては、概念の曖昧不明確性はそれ自体、男性から有効な反論・防御の手段を奪う強力な武器 - 松浦晋二郎ブログ

ツイッターKota氏:バージニア州議会では離婚後の子の養育に関し、共同養育を基本とする法案が満場一致で可決された。この歴史的な家事司法の転換の背景には、単独養育よりも、共同養育が子どもにとって望ましいという科学的データの裏付けがあった。掲載文献貴重。この記事で興味深いと思ったのは、共同養育先進国として、スウェーデンやベルギーと並んで、オーストラリアが挙げられている点である。武蔵大学の千田有紀氏は、共同養育を批判する観点から、その「揺り戻し」の例としてオーストラリアを挙げていたが、その認識が正しいか疑問 - 松浦晋二郎ブログ

父あきら氏:また千田有紀がホラ吹いてる。 - 松浦晋二郎ブログ

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(1)~(17)(2017年4月に千田有紀が松浦晋二郎を提訴した訴訟は同年5月、千田の訴え取下げにより終了した。本記事(1)乃至(17)は松浦が「千田博士論文」に関して2018年3月以降に新たに執筆した記事である。以後、現在までの間、本記事(1)乃至(17)で指摘した学術上の問題点に関する千田側からの学術的応答・反論は一切存在しない。)

千田有紀氏の博士論文の審査委員「主査」は上野千鶴子氏です。

http://gakui.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/cgi-bin/gazo.cgi?no=114893

f:id:hate5na7:20180307235425p:plain

千田有紀氏(武蔵大学教授)の論文には、「千田氏の博士論文」(以下これを「千田博士論文」と呼びます)と「千田氏の博士論文ではない論文」という、全く同一タイトルであるが二つの異なる論文が存在します。いずれの論文もタイトルは、「家」のメタ社会学 : 家族社会学における「日本近代」の構築、という同一タイトルです。

 2017年2月から4月までの間、私はこれら2つの異なる論文が存在する事実を知らずに、「千田氏の博士論文ではない論文」を「千田博士論文」であると誤解し2つの論文を取り違えてブログ記事を執筆し続けました。

ところが千田氏は私が上記誤解をしたままブログ記事を書き続けている事実を知っていながら私に連絡せずに、私のブログ記事数が増加するのを黙ってじっと見続けていました(=千田氏の不作為)。当該千田氏の不作為によって、千田氏は自己の意思で、千田氏の主張するところの、私の千田氏に対する「名誉毀損」の「損害」を自ら拡大させ続けました。

2017年4月下旬、千田氏は私のブログ記事数が増えた頃合いを見計らい、名誉毀損を理由に私を訴えました(=以下これを「千田有紀訴訟」と呼ぶことにします)。

千田有紀訴訟は2017年5月、千田氏の訴え取下げにより終了しました。

千田氏が2019年4月現在ツイッターアカウント「千田有紀」上で掲示している松浦の「謝罪文」スクリーンショットは「千田有紀訴訟」係属中に私と千田氏が締結した「訴えの取下げの合意」の中で定められた義務の履行として私が書いた「謝罪文」です(文面は千田氏側が予め用意したものです)。当該「謝罪文」スクリーンショットにおける「謝罪」の文言の意味は、2017年2月から4月までの間、松浦が「千田博士論文ではない論文」を「千田博士論文」であると誤解し2つの論文を取り違えてブログ記事を執筆した点についての「謝罪」という意味であり、「虚偽」の文言もこの意味での「虚偽」です。これまで千田氏は、ツイートで私が「根拠のない誹謗中傷」を行った、とか「事実無根の名誉毀損」を行った、という言い方を繰り返し行っていますが、「根拠のない」とか、「事実無根の」、といった文言は上記2017年4月末の「謝罪文」には存在しないことに大いに注目して下さい。私は千田氏の著書、論文、ツイート、新聞記事を批判する際には多数の学術的根拠、証拠を挙げて記事を書いていましたし、今もそうしています。また、2017年4月以前とは異なり現在のブログ記事では「捏造」「論文不正」等の文言は一切使用していません。

私が千田氏に対して、千田有紀訴訟の開始年月日と終了年月日くらいはせめて正確に記載してツイートしてほしいと何度抗議しても千田氏は正確な年月日を記載せずに、ただ単に「事実無根の言い掛かりをつけられて、東京地裁に提訴しました。お詫びと削除して、弁護士費用をもらったので取り下げました。」(2019年3月21日付千田有紀氏ツイート)とだけ書いて、あたかもほんのつい最近、千田氏が訴訟提起したかのような重大な誤解を閲覧者に対して与えるツイートを執拗に繰り返しています。このように、省略的かつ曖昧不明確な表現を用いて事実関係について閲覧者に対して重大な誤解を与える手法は、千田氏の手法の大きな特徴です。千田氏の有する「大学教授」のプラットフォームとこの「省略的かつ曖昧不明確」手法とを組み合わせてツイートをすれば、一般の閲覧者に対して事実関係について重大な誤解を与えることなど、いとも簡単にできてしまいます。

 

2018年3月以降、私は千田氏の博士論文(今度こそ本物の「千田博士論文」です!)を実際に取り寄せ、千田博士論文に関して多数の学問的根拠を挙げて問題点を指摘し批判するブログ記事を多数執筆しました。それが下記の記事です。

しかしその後現在に至るまで千田氏側からの学術的応答は、一切、存在しません。そればかりか、千田氏は、今なお、すでに終了した2017年の千田有紀訴訟を持ち出し、「松浦に名誉毀損された」「松浦に誹謗中傷された」、をネット上でオウムのようにひたすら繰り返すばかりです。

2019年4月12日、千田有紀氏のお師匠の上野千鶴子東京大学名誉教授)は東京大学の入学式祝辞において次のように述べています:

 

「大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたしは確信しています。」

 

上野千鶴子の直弟子である千田有紀氏の博士論文を読むことは、上野の言う「これまで誰も見たことのない知」の具体的中身をあなた様が知る大きな手掛かりとなるに違いありません。

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(1)「戸田は戦後的状況とは異なり、日本の家族を欧米の家族と相反するものとは捉えなかった」(17頁)?? - 松浦晋二郎ブログ

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(2)戸田貞三の「家族」の文言を「家庭」に書き換えて「脚注」までつけたうえ、書き換え後の「家庭」の文言にあたかも特別な学術的意義があるかのように書く。千田博士論文81頁- 松浦晋二郎ブログ

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(3)戸田貞三の著書からの引用であるにもかかわらず引用の事実を明記せずに千田本人が書いた記述であるかのように書く。79頁。 - 松浦晋二郎ブログ

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(4)戸田貞三にとって「家」とは、ただ単に戸籍に記入された形態に過ぎない?81頁 - 松浦晋二郎ブログ(2018年11月4日加筆修正)

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(5)「戦前・・・有賀ですら、『家』は社会を規制するのではなく、『家』が単に社会の規制のもとにあるだけだと考えていた。」?108頁 - 松浦晋二郎ブログ

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(6)「家族」の民主化が戦後民法によって起こったと考えられていたが、そもそも新民法は、「家」「戸主」といった単語のレベルでの「民主化」がおこっていたにすぎなかった??125頁 - 松浦晋二郎ブログ

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(7)戦前、有賀喜左衛門は近代化によって伝統が失われることを嘆いていた?139頁 - 松浦晋二郎ブログ

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(8)1951年時点の喜多野清一において「家」と「家族」は「二項対立を形成」していた?144頁 - 松浦晋二郎ブログ

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(9)「戦前の社会学の家族論では『家』が武士的・儒教的家族制度として意識されることはなかった」?160頁 - 松浦晋二郎ブログ

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(10)森岡清美氏の著書からの無断引用 - 松浦晋二郎ブログ

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(11)川本彰氏の著書からの無断引用 63頁、159頁 - 松浦晋二郎ブログ

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(12)有賀喜左衛門は敗戦によって「封建的」な「前近代性」という意味を担わされた「家」という言葉をそのような意味から救い出そうとした?103頁 - 松浦晋二郎ブログ

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(13)「戦後民法はある面で明治民法と連続性を持っている。」???(46頁) - 松浦晋二郎ブログ

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(14)米村昭二氏が発見した小山隆「大家族」概念についての研究成果を無断利用し千田自身の研究成果として記述。千田博士論文118頁

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(15) 西川祐子氏の「家」制度は、農村の家族である?「都市の家族」が「家庭」であり、「近代家族」に対応するのに対し、「農村の家族」は「家」と捉えられている??千田博士論文154頁。

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(16)ここまでのまとめ - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(17) 戦前の日本の「家」研究において、「家」というものが、制度、特に法制度と同一視された??千田博士論文117頁 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(番外編) 長谷川[1980:24]とは、長谷川氏のどの著書か?千田有紀氏は出典を明示せよ。165頁

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(番外編)(⇒現在、工事中です) - 松浦晋二郎ブログ

【関連記事】

千田有紀訴訟 これまでの事実経過 - 松浦晋二郎ブログ

http://hate5na7.hatenablog.com/entry/2022/04/21/140647

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東大祝辞・上野千鶴子インタビュー 「当たり前のことを言っただけ」〈AERA〉

東大祝辞・上野千鶴子インタビュー 「当たり前のことを言っただけ」〈AERA

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190422-00000031-sasahi-soci&p=1

上野千鶴子が審査委員「主査」として審査した上野の直弟子・千田有紀氏の博士論文を読むことはあなたさまが上野を知るための大きな手掛かりとなることでしょう(これは同時にあなたさまが「東京大学」を知ることでもあります):

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

東京大学の博士論文を入手する方法 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

上野千鶴子:就職口の可能性があるとき、私自身は、できるだけ意図的に女性を推すようにしている。あからさまに男性に逆差別を行使している。 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

上野千鶴子「私は経験科学の研究者だから嘘はつかないけど、本当のことを言わないこともある。」 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

従軍慰安婦問題、性犯罪における事実認定についての上野千鶴子の見解 ~文書中心主義の排除、挙証責任の国家への転換~ - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

★家族みんなで仲良く暮らすのは、ゴキブリのように身を寄せ合って暮らすこと??★東京大学名誉教授 上野千鶴子 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

 

東京大学・科学研究行動規範

www.u-tokyo.ac.jp

 

 

f:id:hate5na7:20190422013829j:plain

 平成22年11月26日 報道発表資料

博士論文に関する不正行為をめぐる問題について

https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400008830.pdf

 

博士の学位授与の取消しについて | 東京大学

◎存在しないデータ・研究結果を作成、

◎データ、研究結果等を真正でないものに加工、

◎他人のアイディア、データ等を了解もしくは適切な表示なしに流用、

 

オレもどこかで見たことあるぞ・・・

・・・見たことあるぞ・・・

・・・あっ!

 

 

 

「Yahoo!ニュース個人」における千田有紀氏の私に対する名誉毀損記事の削除をヤフーに対して求めました。

千田有紀訴訟」に関してはこれまでにも繰り返しお伝えしてきました:

千田有紀訴訟の事実経過及びその後の事実経過 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

千田有紀氏執筆にかかる「Yahoo!ニュース個人」記事において千田氏が私に関して事実に反する記述や、閲覧者に対して事実関係について重大な誤解を与える名誉毀損の記述を行っているのでヤフーに対して下記記事の削除を求めました:

 

www.yahoo-help.jp

 

【1】

ツイッターにはなぜ、誹謗中傷があふれるのか――ネットの損害賠償等請求の経験から(千田有紀) - 個人 - Yahoo!ニュース

千田氏の上記記事に対する私の反論は下記記事になります:

千田有紀氏(武蔵大学教授)が執筆したフェイク・ニュース 2017年4月30日Yahoo!ニュース記事「ツイッターにはなぜ、誹謗中傷があふれるのか」 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

【2】千田氏は201948日、「ヤフーニュース個人」において次の記事を執筆しました:

 

 (但し下記リンクを踏むとヤフーを通じて千田氏にお金が入るので注意して下さい)

私たちはなぜnetgeekを提訴したのか フェイクニュースの問題点(千田有紀) - 個人 - Yahoo!ニュース

 しかしこの記事には次の問題点があります:

 

(問題点1)上記記事の中で千田氏は、唐突に、2017年4月の「千田有紀訴訟」について触れ、私がまるでnetgeek社と関係がある人物であるかのような誤解を閲覧者に対して与える記述を行っています。

しかし私はnetgeek社と全く無関係です。私はnetgeek社の社員でもなければnetgeek社のライターでもありません。

 

(問題点2)そもそも私は学術的な事柄に関して学術的根拠を挙げて千田の著書、論文、ツイートについて問題点を指摘し批判していたにもかかわらず、千田氏が上記記事において学術的事項と全く関係のないnetgeek社の件と私の件を同列に並べて結びつけて書いている点で、千田氏には私に対する悪意があります。

 

(問題点3)しかも上記記事のタイトルは

「私たちはなぜnetgeekを提訴したのか フェイクニュースの問題点」

とされているにもかかわらず、記事の中では千田氏がnetgeek社からどのような内容の記事を書かれ、どのような名誉毀損を受けたのかという肝心の点は書かれていません。その一方で千田氏はnetgeek社とは全く関係のない私のことを唐突に持ち出して詳細に書いています。

 

(問題点420183月以降、私は千田博士論文を実際に取り寄せて多数の学術的根拠を挙げて多数の問題点を指摘し、質問を行いましたが、現在、千田氏からの学術的回答は一切ありません:

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com

しかし、この事実に関して千田氏の上記記事では一切触れていません。この点は問題です。千田氏は相変わらず、とっくの昔に終わった訴訟の事実関係について閲覧者に対して誤解を与える省略的かつ曖昧不明確な記述を行っています。千田氏は、2017年4月30日に執筆したフェイクニュースのリンクまで記事中に貼って訴訟の事実関係について閲覧者に対して誤解を与えるよう仕向けています。

 

(問題点5)そもそも訴訟の一方当事者であった大学教授が「ニュース」と称して、訴訟の他方当事者であった特定個人を取り上げ、事実に反する記述によって一方的に断罪する時点で、当該記事は公正さ、客観性、中立性を欠いており、すでに「ニュース」と呼ぶことはできません。

 

以上のように千田氏は、「大学教授」のプラットフォームを利用し、netgeek社と全く無関係の私をあたかもnetgeek社と関係がある人物であるかのように書いて私の名誉を傷つけ私に多大なる精神的苦痛を与えました(=民法709条、不法行為)。

 

 201948日、私は千田氏執筆にかかる上記記事のうち、私に関連する部分を、「謝罪文」スクリーンショットも含め、全て、削除するよう千田側弁護士を通じて千田氏に対して求めるとともに厳重抗議しましたが、千田氏は今なお、削除していません。

 

千田有紀氏は、社会学者として、日本社会における女性に対する「暴力」を問題にされていますが、私の目から見れば、事実に反する記述や省略的かつ曖昧不明確な記述で私の名誉を繰り返し毀損する千田氏のツイート、ヤフーニュース記事、こそ、私に対する「暴力」そのものです。

 

そして千田有紀氏のような人物に、「暴力」記事を執筆・公表する場を与えているヤフーには、法的に大きな問題があります(=名誉毀損の幇助行為)。

 

千田有紀氏は、私が2018年3月以降、千田博士論文に関して提起した下記問題点、疑問点、についてぜひ学術的回答・反論、を行ってください

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

千田有紀教授殿、ご連絡、お待ちしております!!

松浦晋二郎

連絡先:ivishfk31@gmail.com

 

◎ちなみに、WANと千田有紀氏はWANデータベース上に「千田博士論文」に関する誤情報を掲載し続け閲覧者に対して誤解を与え続けています:

WANは、そして千田有紀氏は、なぜデータベースに「千田博士論文」の誤情報を掲載し続け、閲覧者に対して誤解を与え続けるのか? - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 私は上記誤情報を訂正するよう千田有紀氏に求めましたが、2019年4月21日現在、誤情報は訂正されていません。

名誉毀損名誉毀損、と大騒ぎする割にはこのありさまです。

 

 

 

★家族みんなで仲良く暮らすのは、ゴキブリのように身を寄せ合って暮らすこと★東京大学名誉教授 上野千鶴子

★家族みんなで仲良く暮らすのは、ゴキブリのように身を寄せ合って暮らすこと★
東京大学名誉教授 上野千鶴子

 ニューヨーク州北部、コーネル大学のあるイサカは、庭先にリスがやってくる自然に恵まれた町である。そこに日本語教授法の大家として知られる60代のエレノア・ジョーダン先生が住んでいた。日本人の英語学習法の欠陥を知りつくし、日本人向けの英語の集中コースを開講していたジョーダン先生は、クラスの受講生全員を集めて自宅でパーティをやってくれた。いまから20年も前のことである。
 家族連れで来ていたわたしのクラスメイトが(もちろん男性だ)、帰ってきてからこう言った。
「あんな大きな家にひとりで住んでるのか。さみしいよな」
 わたしはプッツン来た。大きなお世話だ。
 アメリカのキャリア女性の例にもれず、彼女も離婚経験者だった。子どもたちを育てあげ、大邸宅にひとり暮らし。うらやむことはあっても、同情する必要なんてあるだろうか。
 その後も、一戸建ての住宅で、同じようなシングルライフを送っている高齢の女性に何人も会った。車いすでも移動が容易なゆったりした家のつくりや全室温度差のない暖房設備(当時はセントラルヒーティングということばさえ知らなかった!)は、20年以上前の日本人にとっては垂涎の的だったはずだ。これらは、日本でもようやく高齢者住宅のスタンダードになってきたが、家が広くて困ることなどなにもない。メンテナンスがたいへんなら外注すればすむ話だ。
 ゴキブリのように身を寄せ合って暮らすことを、「さみしくない」のとカンちがいする貧乏性は、たいがいにしてもらいたい。高齢者のひとり暮らしを、「おさみしいでしょうに」と言うのは、もうやめにしたほうがよい。とりわけ、本人がそのライフスタイルを選んでいる場合には、まったくよけいなお世話というものだ。
 先にデータで示したように、高齢者のひとり世帯は増えている。どうせ住むなら、建て付けの悪いアパートより、セントラルヒーティングの備わった一戸建てで暮らすほうが(経済的な問題さえクリアできれば)豊かではないか。

上野千鶴子著『おひとりさまの老後』法研、42―43ページ)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

コメント:

上野千鶴子の家族観がよくわかる文章です。

 

上野千鶴子氏の東大スピーチ「納得と、それでも消えない疑問」(現代ビジネス)御田寺 圭

gendai.ismedia.jp

上野千鶴子が審査委員「主査」として審査した上野の直弟子・千田有紀氏の博士論文を読むことはあなたさまが上野を知るための大きな手掛かりとなることでしょう(これは同時にあなたさまが「東京大学」を知ることでもあります):

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

上野千鶴子:就職口の可能性があるとき、私自身は、できるだけ意図的に女性を推すようにしている。あからさまに男性に逆差別を行使している。 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

上野千鶴子「私は経験科学の研究者だから嘘はつかないけど、本当のことを言わないこともある。」 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

従軍慰安婦問題、性犯罪における事実認定についての上野千鶴子の見解 ~文書中心主義の排除、挙証責任の国家への転換~ - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

★家族みんなで仲良く暮らすのは、ゴキブリのように身を寄せ合って暮らすこと??★東京大学名誉教授 上野千鶴子 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(17) 戦前の日本の「家」研究において、「家」というものが、制度、特に法制度と同一視された??千田博士論文117頁

千田有紀氏は博士論文において次のように書いています:

 

ここで、戦前の日本の「家」研究と戦後の家族研究に、ひとつの断絶が生じているのを見るのは、容易である。つまり、「家」というものが、制度、特に法制度と同一視されたため、戦後はそれが消滅したという前提から出発することになった。戦後における「家」の消滅が前提されているからこそ、戦後に「家」が見いだされていくことがぎゃくに驚きとなり、記述に値することになるのである。(千田博士論文117頁)

 

ここで千田氏は、戦前の日本の「家」研究において、「家」というものが、制度、特に法制度と同一視された旨、記述しています。

 

しかし、戦前、戸田貞三は「家」を「戸籍上の家」(=法制的家)と「事実上の家」とに概念上区別したうえで、「戸籍上の家は事実上の家族的共同とは異なるものである。」(注1)との理由から「戸籍上の家」を研究対象から除外し、自分が研究対象とするのは「事実上の家族」「事実上の家族的共同」のほうである、との趣旨を書いていました。

従って戦前の戸田は「家」を「法制度と同一視」してはいません。

この点は当ブログ過去記事でもすでに指摘したとおりです(注2)。

 戦前の日本の「家」研究に関する千田氏の上記記述は、事実に反しています。

 

【注】

(注1)戸田貞三『家族構成』(1937年版の1970年復刻版)137頁注5

(注2)

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(4)戸田にとって「家」とは、ただ単に戸籍に記入された形態に過ぎない?81頁 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

 

 

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(16)ここまでのまとめ

1 これまで千田有紀著博士論文「『家』のメタ社会学」について記事を書いてきましたが、ここまでのまとめをしておきたいと思います。

 

この記事では以下、私の推測や感想も入りますのでもしかしたら私の誤解や間違い等もあるかもしれませんのでその点は予めご了承ください。もしもお気づきの点がございましたらご連絡いただければ幸いです。

 

連絡先:ivishfk31@gmail.com

松浦晋二郎

 

2  千田博士論文「審査要旨」では、

従来の「家」対「家族」という二項対立的な問題構成それ自体を、疑似問題としてしりぞけた。

とされています。

これはどういうことかと言いますと、千田氏の博士論文の主要な学術的意義は、

【1】戦後の家族社会学においては、戦前への反省から、「家」の「特殊性」が「逆説的に」見出されるようになり、「家」と「家族(または家庭)」の「二項対立」が形成された事実を千田氏が発見したこと、

そして

【2】千田氏が発見した上記事実【1】を千田氏が「疑似問題」としてしりぞけた(注1)こと

以上の点に千田博士論文の主要な学術的意義がある、

ということです。

 

しかし上記【1】については私は千田氏の事実認定に大きな疑問を持っています。

例えば千田氏は

 

1951年時点の喜多野清一論文において「家」と「家族」は「二項対立を形成」していた、との趣旨を書いています(注2)。

 

しかし喜多野自身は1951年の論文において「家」と「家族」を「二項対立」と考える、とは一言も書いていません。

たしかに喜多野は上記論文において

 

「家」と「家族」とを「理論的には別個に概念しておくことは・・・甚だ必要」(喜多野181頁)

 

とは書いていますが、

 

家と家族とは現実に分離し難く結合している」(喜多野180頁)、

 

同族組織の構成単位が家として成立するとは言っても、そこに家族としての生活共同体を不可分に内包している」(喜多野同頁)

 

と書いています。喜多野の上記記述から千田氏の言う「家」と「家族」の「二項対立」の結論を直ちに導くことは困難です。

 

またたとえば千田氏は西川祐子氏に関しても「家」と「家庭」が「二項対立」である旨書いています。

 

西川氏は、実際には、

 

「都市の家族」が、「家庭」であり、「近代家族」に対応するのに対し、「農村の家族」は、「家」である、

 

とは書いていないにもかかわらず、千田氏は西川氏がそのように書いている、との事実に反する認定を行ったうえ、当該事実に反する認定を前提に西川においては「家」と「家庭」が「二項対立」として把握されている、との結論を導いています(注3)。

 

 

以上のように千田氏の上記【1】における事実認定については大きな疑問があります。

 

3 戦後の家族社会学に関する上記記述とは異なり、千田氏は戦前の家族社会学については、「家」と「家族」の「二項対立」を形成するような動きはなかった、戦前の家族社会学では「家」の特殊性は意識されなかった、もしくは、記述されなかった、との趣旨を記述しています(注4)。しかしこの点の事実認定にも大きな疑問があります。

 

たとえば千田氏は戦前の戸田貞三について、

 

戸田は戦後的状況とは異なり、日本の家族を欧米の家族と相反するものとはとらえず、「家」という言葉にとくに重要な意味あいをもたさなかった。(千田博士論文17頁)

 

と書いています。

しかし実際には戦前の戸田貞三は「日本の家族」(家長的家族)と「欧米の家族」(近代的家族)の相違点に関して複数、指摘していました(注5)。この点で、上記千田氏の「戸田は・・・日本の家族を欧米の家族と相反するものとはとらえず、」との記述は事実に反しています。

 

さらに、たとえば千田氏は、

戸田にとって「家」とは、ただ単に戸籍に記入された形態に過ぎない。(千田博士論文81頁)

とも書いています。

しかし実際には戸田は、戸籍上の「家」(法制上の家)は事実上の家族的共同とは異なるものである、との理由から、自分は戸籍上の「家」については研究対象とはしない、自分が研究対象とするのは「家」のうち、「事実上の家族」「事実上の家族的共同」のほうである、と考えていたに過ぎません(注6)。

 この点、有賀喜左衛門も『有賀喜左衛門著作Ⅳ 封建遺制と近代化』(1967年、未来社)において次のように書いています。(傍線部分):

 

戸田貞三は戦前において、家は直ちに家族と見るべきでなく、家のうちの親族世帯を家族と規定すべきであると主張した。(同書149頁)

 

以上から千田氏の上記記述は事実に反しています。 

 

さらにたとえば千田氏は、

 

戦前の社会学の家族論では『家』が武士的・儒教的家族制度として意識されることはなかった(千田博士論文160頁)

 

と書いて、戦前の家族社会学においては『家』が武士的・儒教的家族制度として意識されることはなく、「家」の「特殊性」は記述されなかった、との趣旨を書いています。

しかし実際には戸田は戦前、『家』が武士的・儒教的家族制度としての側面を記述し、「家」の特殊性について記述していました(注7)。

 

さらにたとえば千田氏は、戦前の有賀喜左衛門について

 

戦前・・・有賀ですら、「家」は社会を規制するのではなく、「家」が単に社会の規制のもとにあるだけだと考えていた(千田博士論文、108-109頁)。

 

と書いて、戦前における「家」の「特殊性」を否定しています。

しかし実際には、戦前の有賀喜左衛門は家と社会は相互規定的である、と述べており、社会が家を規定する事実だけでなく、家が社会を規定するという、家と社会の「相互規定」の関係性についても記述し、戦前の「家」の「特殊性」を記述していました(注8)。この点で千田氏の上記記述は事実に反しています。

 

4 上記【1】のように、千田博士論文では、戦後の家族社会学においては、戦前への反省から、「家」の「特殊性」が「逆説的に」見出された、との結論を導いていますので、その前提として、千田氏は戦後民法と明治民法との「連続性」を強調しています。これは、もしも戦後民法と明治民法との「連続性」が存在しなければ、両者は完全に法的に断絶しているから、戦後、「家」の「特殊性」が見出されることもなかったはずである、という千田氏独自の問題意識によるものであると思われます。

実際には戦後民法と明治民法とは法的に断絶している点が多数存在しているにもかかわらず、その点を捨象して、戦後民法と明治民法との「連続性」のみを強調する千田氏の上記記述には問題がある(特に「連続性」の具体例に問題がある)ことは当ブログ過去記事ですでに指摘しました(注9)。

 

戦後民法と明治民法との「連続性」を強調するのと同趣旨にもとづき、千田氏は次の記述を行っています:

 

「家族」の民主化が戦後民法によって起こったと考えられていたが、そもそも新民法は、「家」「戸主」といった単語のレベルでの「民主化」がおこっていたにすぎなかった。(千田博士論文125頁)

 

ここでは戦後の日本国憲法施行による価値観の根本的変化のもとで行われた戦後の民法改正(特に親族法・相続法)による法的レベルの民主化は「単語のレベル」の「民主化」にすぎなかった、として全否定されています。

 

しかし、千田氏のこの記述についても問題があることは当ブログ過去記事でもすでに述べた通りです(注10)。

 

【注】

(注1)千田が「疑似問題」としてしりぞけた、とは、たとえば千田の森岡清美に対する次のような評価のことを指していると思われる(傍線部分):

二項対立に依拠した変動を前提するからこそ、「日本的典型」といった日本文化の特殊性が、必要とされるのである。(千田博士論文130頁)

 

(注2)

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(8) 1951年時点の喜多野清一において「家」と「家族」は「二項対立を形成」していた?144頁 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

(注3)

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(15) 西川祐子氏の「家」制度は、農村の家族である?「都市の家族」が、「家庭」であり、「近代家族」に対応するのに対し、「農村の家族」は、「家」と捉えられている??千田博士論文154頁。 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

(注4)

千田博士論文16頁には、次の記述がある。

「家」概念のありかたは、おおまかに三期にわけられる。第一期は1920年代から1945年頃までであり第二期は1945年から1960年頃まで、そして第三期は1960年以降である。
第一期は、・・・主にヨーロッパの文献が参照され、「家」が理論的にことさら特殊であるとは考えられてはいなかったが、戦後家族社会学につながる基本的な視座がつくら
れていった時期である。

 

(注5)

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(1)「戸田は戦後的状況とは異なり、日本の家族を欧米の家族と相反するものとは捉えなかった」(17頁)?? - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

(注6)

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(4)戸田にとって「家」とは、ただ単に戸籍に記入された形態に過ぎない?81頁 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

(注7)

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(9)「戦前の社会学の家族論では『家』が武士的・儒教的家族制度として意識されることはなかった」?160頁 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

(注8)

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(5)「戦前・・・有賀ですら、『家』は社会を規制するのではなく、『家』が単に社会の規制のもとにあるだけだと考えていた。」?108頁 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

(注9)

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(13)「戦後民法はある面で明治民法と連続性を持っている。」???(46頁) - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

 

(注10)

千田有紀著・博士論文「『家』のメタ社会学」を読む(6)「家族」の民主化が戦後民法によって起こったと考えられていたが、そもそも新民法は、「家」「戸主」といった単語のレベルでの「民主化」がおこっていたにすぎなかった??125頁 - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

【注意:本記事は個人的見解・感想を述べたに過ぎず、特定個人について特定の断定的・否定的評価を下し対世的に確定する趣旨ではありません。人によって物の見方、感じ方はさまざまです。】

 

東京大学の博士論文を入手する方法

東京大学の博士論文を入手する方法としては、

国立国会図書館の複写サービス(下記注※)を利用して郵送してもらう方法、

があります。

「利用者登録」が必要になります。

 

ただし著作権との関係で全ページの「半分だけ」しか複写してもらえません。

 

また、国会図書館なのだから博士論文はすべて東京に存在すると思われがちですが意外にも東京ではなく京都の「関西館」に存在する博士論文もあります。

 

国民の多額の税金が投入されている東京大学の博士論文なのですから本来は国民が無料で自由に全ページ読むことができるのが「国民主権」の建前から言って筋だと思うのですが、実際には著作権の壁があって、「半分だけ」しか複写してもらえません。

 

(注※)

ndlonline.ndl.go.jp

f:id:hate5na7:20190422013606j:plain

 

上野千鶴子が東大入学式祝辞で述べた「これまで誰も見たことのない知」の具体例は従軍慰安婦問題、性犯罪における事実認定についての(1)文書中心主義の排除と(2)挙証責任の国家への転換。⇒日本国破滅。

2019412日、千田有紀氏のお師匠の上野千鶴子東京大学名誉教授)は東京大学入学式祝辞において次のように述べています:

 

「大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたしは確信しています。」

 

上野の言う「これまで誰も見たことのない知」の具体例が、上野の主張する、従軍慰安婦問題、性犯罪における事実認定についての(1)文書中心主義の排除と(2)挙証責任の国家への転換、です。

 

下記の過去記事にも書きましたが、上野千鶴子の上記主張をそのまま実行に移せば日本国は莫大な国家賠償金の支払いによって確実に破滅します:

従軍慰安婦問題、性犯罪における事実認定についての上野千鶴子の見解 ~文書中心主義の排除、挙証責任の国家(加害者)への転換~ - 松浦晋二郎ブログ(連絡先:ivishfk31@gmail.com)

東京大学名誉教授さまの主張だからと言ってなんでも有り難がってホイホイ言うことを聞いているとハッと気が付いた時には日本国は地球上から消滅しているかもしれませんよ。

 

 

 

 

 

高井浩章氏の疑問:上野千鶴子にとって家族はNGワードか何かなのだろうか。 この不自然な「家族の不在」・・・

高井浩章氏は記事:

「読む」と「聞く」とじゃ、大違い|高井浩章|note

の中で上野千鶴子の2019年度東京大学入学式祝辞について「強い違和感」を感じて次のように書いています:

f:id:hate5na7:20190415075148p:plain

このように高井氏は、

上野千鶴子にとって)

家族はNGワードか何かなのだろうか。

この不自然な「家族の不在」

との疑問を書いていますが、この点について考えるうえで、上野千鶴子の次の文章が参考になると思われます:

 
★家族みんなで仲良く暮らすのは、ゴキブリのように身を寄せ合って暮らすこと★
東京大学名誉教授 上野千鶴子

 ニューヨーク州北部、コーネル大学のあるイサカは、庭先にリスがやってくる自然に恵まれた町である。そこに日本語教授法の大家として知られる60代のエレノア・ジョーダン先生が住んでいた。日本人の英語学習法の欠陥を知りつくし、日本人向けの英語の集中コースを開講していたジョーダン先生は、クラスの受講生全員を集めて自宅でパーティをやってくれた。いまから20年も前のことである。
 家族連れで来ていたわたしのクラスメイトが(もちろん男性だ)、帰ってきてからこう言った。
「あんな大きな家にひとりで住んでるのか。さみしいよな」
 わたしはプッツン来た。大きなお世話だ。
 アメリカのキャリア女性の例にもれず、彼女も離婚経験者だった。子どもたちを育てあげ、大邸宅にひとり暮らし。うらやむことはあっても、同情する必要なんてあるだろうか。
 その後も、一戸建ての住宅で、同じようなシングルライフを送っている高齢の女性に何人も会った。車いすでも移動が容易なゆったりした家のつくりや全室温度差のない暖房設備(当時はセントラルヒーティングということばさえ知らなかった!)は、20年以上前の日本人にとっては垂涎の的だったはずだ。これらは、日本でもようやく高齢者住宅のスタンダードになってきたが、家が広くて困ることなどなにもない。メンテナンスがたいへんなら外注すればすむ話だ。
 ゴキブリのように身を寄せ合って暮らすことを、「さみしくない」のとカンちがいする貧乏性は、たいがいにしてもらいたい。高齢者のひとり暮らしを、「おさみしいでしょうに」と言うのは、もうやめにしたほうがよい。とりわけ、本人がそのライフスタイルを選んでいる場合には、まったくよけいなお世話というものだ。
 先にデータで示したように、高齢者のひとり世帯は増えている。どうせ住むなら、建て付けの悪いアパートより、セントラルヒーティングの備わった一戸建てで暮らすほうが(経済的な問題さえクリアできれば)豊かではないか。

上野千鶴子著『おひとりさまの老後』法研、42―43ページ)